風立ちぬを見て感じた起業家精神について

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シンガポールの映画館で宮崎駿の『風立ちぬ(THE WIND RISES)』を見ました。

結論から言うと、めちゃくちゃ感動して、インスピレーションを多く得た。これまで僕が見てきた映画の中で、トップBEST3に入るぐらいの良さだったかも。(あんまり映画を見る方じゃないけど)

ただ、これは起業家向けの映画のような気がした。僕はもの凄く感動したけど、一般の人たちはどういう風に感じるんだろう?

まあ、それは良いとして、いくつか感じたことをピックアップします。

※風立ちぬを、まだ見ていない人のために、あらすじを一番下にざっくりと書いてあります。

1,創造的な時間は限られているという『焦燥感』を持つことが大事

二郎は夢の中で、憧れの飛行機設計士カプローニ(イタリア人)に
「創造的人生の持ち時間は10年だ。 芸術家も設計家も同じだ。君の10年を力を尽くして生きなさい」と言われる。

この話は僕も凄く共感できた。10年という期間が正しいかどうかはわからないけれど、人生において、創造的な力を最大限発揮できる期間というのは限られている気がする。

そして、創造的な時間が限られているという『焦燥感』を常に持つことが大事だと思う。

極端な例を出すと、20代の10年間と、80代の10年間では全く重みが違う。じゃあ、20代のうちにやらなければいけないことがたくさんあるよね?というような話。(ちょっと違うかもしれないけど)

二郎は10年間という期間しか、創造的な時間が無いと感じて、とにかく焦っていた。


話の途中で、二郎と婚約をしていた菜穗子の結核が悪化し、先が長くないと悟り、井高山の病院を出てもらって、結婚をして、一緒に住むことを決めた。

その時、上司の黒川から、
「彼女の体を思うなら、できるだけ早く、高山の病院に返さないと。」
と言われるが、二郎は

「それはできない。私達には時間がありません。覚悟はしています。」
と答える。

このとき、二郎が「”私達”には時間が無い。」と答えたことが僕にとって、非常に印象的だった。菜穗子は結核で生きられる時間が無いことはわかりやすい。二郎も同様に、設計士としての時間が無いと感じていたのだ。

このシーンを見て、「自分ももっと焦らないと・・」と焦燥感がでました。僕の場合、今25歳なので、もしかしたらもっとも創造力を発揮できる時期かもしれない。今の時期が重要であることを改めて認識させてくれた二郎に感謝。

2,矛盾に見えるほどの集中から生まれるイノベーションについて。

『何かを得るためには、何かを捨てないといけない。』
これは僕が常々、自分に言い聞かせている事の1つです。

人って何かを捨てたり、諦めたり、辞めることって凄く苦手ですよね。だから、あれもこれもってなってしまう。でも、あれもこれもだと、大きな事を成し遂げることはできないですよね。

何かを得ようと思うのであれば、何かを犠牲にしないといけないのです。風立ちぬでも、そのことを考えさせられるストーリーがいくつかありました。

二郎は、菜穗子と結婚をしたが、仕事に集中をして、菜穗子との時間をほとんど取らなかった。菜穗子の病気は悪化しているので、先が長くないことはわかっているが、それでも仕事を優先させた。

多分、それってめちゃくちゃ辛い事だと思う。本当は、もっと菜穗子と一緒にいたいだろう。でも、それを犠牲にしてまで、理想の飛行機の完成に全てを捧げた。だからこそ、飛行機は最高のものができたのだと思う。

逆にイノベーションを起こすぐらいのことをするために、全てを集中させるエネルギーが必要だということですね。

ちなみに、これは、会社も、国も同じ事が言えると思う。会社も、何かを成し遂げようと思ったら、何かを犠牲にしてリソースを集中させなければいけない。国も同じ。

風立ちぬの舞台になっている、戦時中の日本では、国が貧乏で飢えに苦しんでいる人たちがが大勢いた。

二郎の友人である本庄が、
「町の中で飢えに苦しんでいる人は大勢いる。そんなときに、国は飛行機の作成に大金を払っている。接続金具ひとつで、大勢の子供に天ぷらを食わせてやれるぜ。国を良くしようとしているはずなのに、矛盾だな。」
というような事を言うシーンがある。

きっとその時、日本は、国民の食を犠牲にしてまで戦争にリソースを集中させていたのだろう。結果、戦争は負けてしまったし、振り返って見れば、政府や軍の暴走にしか思えないようなことだが、集中をさせるという事は大事だと思う。

語弊があるといけないが、今の日本も見習う部分があると思う。今の日本の政策は、結局、あれもこれもになってしまっているので、良くない。何かを犠牲にする覚悟で、何かに今あるリソースを集中させて欲しい。

集中させるものが何で、犠牲にするものが何かは僕にはわからないが、その決断が必要だと思う。ちなみに犠牲にするものが大きければ大きいほど、何かに大きなエネルギーを集中することができる。

つまり、日本は大事な何かを捨てるときが来たんじゃ無いかって思うわけです。

ええっと、話が脱線してしまったので、話を戻します。

結局、何が言いたかったかというと、見る人が見れば、矛盾に思えるぐらいの集中をすることが大事だと言うことですね。「それっとどうなの?」と突っ込みを受けるぐらいの集中をしないと、イノベーションは起こせないということです。

僕も何を捨てるべきか、色々と考えさせられました。

※さらに話が脱線してしまうが、資本を集中させてイノベーションを起こすという事では、『戦争』を超えるものはない。今、私達が世界中を自由にいけるのも、戦争中に飛行機ができたおかげだし、このインターネットもアメリカがソ連との冷戦中に開発した技術がもとになっている。そういう観点で見ると『戦争』のおかげで多くのイノベーションが起こり、人類はより豊かになっていると言わざる得ない。戦争すればするほど、人類は豊かになっていくと考えると、これも矛盾を感じますね。

3,何かを成し遂げた先に、何があるのか?

二郎は満足のいく理想の飛行機を作り出し、夢を達成した。では、その先に何が待っているのだろうか?

本編のエンディングでは、最初にカプローニと出会った場所(全て夢の中の話)でこんな話をする。
—-
カプローニ
「やぁ、来たな、日本の少年」

二郎
「ここは私達が初めてお会いした草原ですね」

カプローニ
「我々の夢の王国だ」

二郎
「地獄かと思いました」

カプローニ
「ちょっと違うが、同じようなものかな。
君の10年はどうだったかね?力を尽くしたかね?」

二郎
「はい。終わりはズタズタでしたが」

カプローニ
「国を滅ぼしたんだからな。
あれだね、君の零は…」

視線の先には二郎がつくったシンプルで力強い零戦の編隊。

カプローニ
「美しいな。良い仕事だ」

二郎
「一機も戻って来ませんでした」
—-

人生を懸けた作った飛行機は、戦争に使われ、そして全て破壊された。二郎としてはかなり辛い話だ。

最初にあった草原 = 「美しい飛行機を作りたい」という少年の無垢な夢

を比喩するものだとすれば、少年の無垢な夢は、結局、戦争に使われるだけのものだったということになる。二郎がその場所を「地獄」と言っていて、カプローニは「地獄と同じようなものだけど、我々の楽園」と言っていることが興味深い。

菜穗子との時間を犠牲にしてまで、追い求めた夢の終着が地獄だったというのは、辛いですよね。夢をもってそれを実現した結果、待っているのは辛い現実だけなのか?

しかし、二郎の一歩先を行く存在として登場しているカプローニは、違った考えを持っているようだった。彼がどのように考えて、その場所を我々の楽園と言っているのかは、作品中では言及されなかった。

この部分は、僕も今後の宿題として深く考えないといけないなぁと考え込まされました。

今、僕には、「君がやりたいことを実現して、その先どうなるの?なんかあるの?」という、ニヒリズム的な質問に対して、自信を持って答えられる回答を持っていない。

とにかく走って、その場所に到達したときには、カプローニのようにその場所を楽園と言えることができるのだろうか?

このテーマは、風立ちぬからもらった宿題だと思い、引き続き考えます。

終わりに

本当に素晴らしい映画でした。色々と考えさせられましたね。僕が感じたことは、本来の作品の狙いからはずれているような気もします。まあ、人それぞれ感じ方があるということで。

だいぶ想定より長くなってしまいました。あまり文章を書くことになれていないので、支離滅裂な部分も多い気がします。誤字脱字も多いかも。すいません。最後まで読んで頂いた方は、コメント残して頂けると嬉しいです。

『風立ちぬ』あらすじ

※適当にバーッと書いたので、一部間違っているかも

「僕は美しい飛行機を作りたい」そう夢をもつ少年・堀越二郎が大人になり、飛行機の製造会社・三菱に入る。仕事では上司にも恵まれ、才覚を発揮する。入社して約5年したときに、飛行機を作る大きな仕事を任されるが、失敗をしてしまう。途方に暮れる二郎は、草津の避暑地に行き、ひとときの休息をする。その時に、運命の女性である里見菜穗子に再会する。菜穗子は結核を患っており、先行きに不安があったか、その場で菜穗子と婚約をした。菜穗子と出会い、美しい飛行機を作りたいという原点にも立ち戻れた二郎は元気を取り戻し、再び会社で飛行機作りのプロジェクト(零戦)を開始する。プロジェクトは多忙を極め、菜穗子との時間もほとんど取れずにいた。そんな時、菜穗子の結核は悪化し、先が長くないことを悟った菜穗子は、高山にある病院を抜けだし、二郎に会いに行く。二郎はそんな菜穗子を受け止め、結婚をして一緒に住むことにする。結婚後も、菜穗子との時間は取れず、飛行機作成以外のことは全てを犠牲にして、飛行機作成に全てをかける。その甲斐もあり、零戦と呼ばれる、当時ではズバ抜けた性能の飛行機を完成させ、プロジェクトを成功に導く。しかし、菜穗子は完成と同時に高山にある病院に戻らざる得なくなる。プロジェクトは成功したが、戦争に負けてしまった日本。作った零戦も大量に破壊された。そして、死んでしまった菜穗子。エンディングでは二郎は過去10年を振り返り考えを巡らせる。